2016年5月7日土曜日

テクノロジーについて思う事。

オイラは「テクノロジー」自体は否定しない。

「テクノロジ−」の意味を「知識や技術をオーガナイズし実践的に使うための方法論」、と捉えた場合、テクノロジーを伴わない音楽ってのは歴史的に存在し得ないと思うわけ。

音楽って概念自体が既にテクノロジーだし、楽器もテクノロジーがなければ作れないよねぇ。
音楽としては、音をどう扱い、並べるか?というテクノロジー、楽器を製作する際には木を加工するテクノロジー、金属を加工するテクノロジー…。音楽って音楽が生まれた時点から、それぞれの時代のテクノロジーが結集されたモノであることにはかわりないと思うのさ。

しかしながら、イワユル「ハイテク」時代になって生まれた、それ以前との際立った違いは「オートマチック化」と、そのオートマチック化がとても幅を効かせるようになった事、なんだと思う。

オートマチック化ができるようになって便利になったり、人間の手では出来なかった音色とか表現手段が生まれたりして、それはそれで面白い、とも思うんだけど、その反面音楽とか表現の媒体に於いてはオートマチック化されたが故に色んなモノを失ってるよね。
それが現代のオートマチック化された要素の強い音楽の問題なんだと思うな。
(ココで言うオートマチックってのは「自動演奏」の事だけではなくて、「自動制御」も含む)

どうやらオイラは整理整頓されすぎたモノ、ってあまり好きじゃないみたい。
ズレたり、乱れがあったりってのが好き。
オイラがジャズとかインプロとかが好きな理由も結局のところソレに尽きるんだよな、と。

まぁ、イワユル「揺らぎ」ってのが好きなんだと思うけど、
オートマチック化するとそういうのは無くなったり減ったりする傾向にあるよねぇ。
それがなんだかそういった類の音楽を聴いてて息苦しくなる原因なんだよな、多分。

なんて考えながら自分自身のエレクトリック・アコースティックな音楽のプロジェクトについて考えるのでR

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